新潟・柏崎が出てくる夢の話

2024年3月20日

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久しぶりに夢の話でも書いてみようかと…。不思議なもので、東京で暮らしていても、生まれ故郷の新潟・柏崎の夢をみることが多いです。
(写真はイメージです)

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※ここから先は夢の話ですので、現実とは何の関係もありません。

どぼん堀と海の観光施設の話

柏崎の海の西側にある大きな岩場のような場所で旧友のナベちゃんと遊んでいる。自分たちはたぶん大学生くらいだと思う。付近には花が一面に咲いていて、青い海とのコントラストがとても綺麗だった。海で遊ぶためなのか、服装は海パン1つである。

岩場には直径1~2メートルほどの井戸のような深い穴があって、穴は海とつながっている。高さ数メートルの岩の上から、その穴の海水に飛び込む遊びが流行っていた。看板も立っていて「どぼん堀」と書いてあった。もし飛び込んで岩にぶつかったら、大ケガをしてしまう。だから、飛び込む人たちは皆、あの世へ行くような神妙な面持ちである。自分も意を決して飛び込んでみたが、不思議とゆっくり穴の中に落ちていって無事だった。なかなか楽しかった。

さて海の上には大きな観光施設があり、塔のてっぺんに凧の形をした巨大な看板がついている。その看板は遠くからもよく見えて、柏崎の観光パンフレットなどにも載っていた。せっかくなので、その看板のあるところまで登ってみた。高さが数十メートルはあっただろうか、かなり怖かった。真下の海には巨大なエイが2~3匹泳いでおり、ここから落ちたらエイに刺されるだろうなと心配した。

営業時間が終わったようで、館内アナウンスが流れた。「皆さん、滑ってお帰りください」という。館内はウオータースライダーのような形になっていて、みんな浮き輪のようなものにつかまって流されていく。結構なスピードで流されていった。このような仕組みの観光施設は柏崎のほかに、埼玉の方にもあるのだが、柏崎のほうが5倍も大きいとか、そんな話だった。滑り流されて帰るとき、周りの海の色が青から緑に変わったりして、とても綺麗だった。途中で、そういえば、ここは小さい頃に来たことがあったなあと思い出した。そこで目が覚めた。

地下ミュージアムの話

以前、柏崎に帰った際に、旧友のタケダと偶然会ってトラブルになり、奴をぶん殴ったことがあった。そのため、私は柏崎に帰ると、常にタケダの子分に命を狙われているのである。ある時、タケダの子分の「竜」というやつに見つかって詰め寄られた。「タケダを殴っただろう!」と言うので、いやいや人違いだと言い訳をしたが、そのうちに竜とすっかり仲良くなってしまった。

で、今日は何かのお祭りがあるから、旧友のオオタたちと合流することになった。オオタは顔がすっかり変わって別人のようになっていた。不思議なことに、奥さんの方がオオタにそっくりになっていて、最初奥さんの方を本人と思ってしまった。

そんなこんなで、みんなで「地下ミュージアム」に行くことになった。何かの研究施設を改装した地下のミュージアムで、中は真っ暗なのだが、ナイトビジョンのゴーグルを通して見て回る仕組みである。戦争の時に生産していた機械部品や電子部品、印刷物など、珍しいものが大量に展示してあり、驚くほど面白かった。

これって、ナイトビジョンのビデオカメラで撮影できるんじゃないかと思って、カメラを取りに一度ミュージアムの外に出た。戻ると、案の定、迷子になってしまった。別の見学グループを発見し、なんとかオオタたちに追いついた。真っ暗な中でバスケか何かのスポーツをやっていて、みんなで応援している。

次は動物エリアに向かうらしい。暗闇の中に大量のネコがいて目が光っていた。こんなにたくさんネコがいたら、地下だから臭うのではないかと思ったが、まったくの無臭だった。そのほかにも大量の本が展示されている図書館みたいなエリアもあった。最後はなぜか、みんなで長い行列を作り、歌を歌いながら歩いてミュージアムを出ていくのだった。

その後、竜と一緒に車で移動しながら、タケダがなぜ怒っていたのか話を聞いた。奴があんなに怒っていなかったら、殴ることもなかっただろう。竜がいうには、私が子供のころにタケダにあげた誕生日プレゼントが気に入らなかったらしい。何を送ったんだろう?と考えたところ、洗濯物を干すグッズをプレゼントしていたことを思い出し、ああ、なるほど、と思ったところで目が覚めた。

片思いのAさんの父上の話

柏崎に帰ったとき、みんな(20〜30人)でAさんの家に行くことになった。みんな若くて20歳前後だったような気がする。同窓会か何かだったのだろうか、自分はその団体の取りまとめ役で、Aさんに家に行っても大丈夫か聞いたりした。本人はあまり気が進まない様子だったが、団体の方針には逆らえないという雰囲気だった。

みんなでゾロゾロ歩いてAさんの家に向かう。途中、リフトに乗ってスキー場を越えて行ったりもした。柏崎の松見のあたりのはずだが、こんなに豊かな自然があったのかと驚いた。リフトの乗り口には遊園地のようなものがあり、メンバーの一部はそこで遊ぶと言って去っていった。

さて、Aさんの家に着いて父上を初めて見た。1970年代に中国の駐日大使として横浜で暮らしていたという。秘書の出身地が新潟で、その縁で柏崎に移り住んだと言っていた。喉を手術したようで、いわゆる「マシンボイス」である。しかも日本語はカタコトで英語で喋るので、なかなか意思疎通ができなかった。ともかく日中の関係が悪い時代だったので大変な苦労をしたというような話だった。Aさんも複雑な環境で育ったのだろう。厳しい表情をしているのはそのためだろうかと思ったりした。そこで目が覚めた。

◇     ◇     ◇

以下は柏崎は関係ありませんが、せっかくなので載せておきます。

頭がおかしくなる話

自分は頭がおかしくなり、フランスの医療機関に入院している。血液中に炭酸の液体を入れる新たな治療法を試していた。医師たちはフランス語で何やらひそひそ話していて、病状は良くないようだった。確かに自分はまともではなく、完全に頭がおかしい感じだった。何をするにも数人のスタッフが付き添って手厚い看護をしてくれる。その後も特に回復する様子はなく、頭がおかしいまま、それでも何とかやっていくという夢だった。

小学校に粗大ごみを持っていく話

冬なのに春のように暖かい。これなら裏の花壇に植物を植えられるだろうと思い、娘と行ってみた。すると不法投棄のごみだらけ。家電や子供のおもちゃなどが多く、ほとんどが新品のようだった。今日はちょうど近所の小学校で地域クリーン活動か何かをやっている。せっかくなので、ごみを持っていくことにした。

その学校は坂道を下ったところにある知らない学校だった。体育館の受付でごみを渡すと、「これ本当にごみなの?」「どこかから持ってきたんじゃないの?」と言われた。いや確かにごみだと説明する。粗大ごみの量に応じてお金をもらえる仕組みだったが、部外者のため、金はいらないと断った。

娘は学校の入り口のところで他の小学生と遊んでいる。何かのおもちゃを追いかけて猛ダッシュしている。娘があんなに速く走れるのかと驚いた。その後も追加でごみを出しに行ったりしたが、そのうちに飯でも食いに行こうということになり、花壇の作業は一向に進まなかった。

野良ワンちゃんの話

自宅の2階の窓が開いていて、三毛猫のようなイタチのような生き物が入り込んでいた。抱っこしてみると、小さなワンちゃんだった。そういえば、最近、カミさんが「近所に野良ワンちゃんがいる」と話していた。野良だから、あんまり抱っこしたくなかったが、匂いを嗅いでみると無臭だった。見た目も綺麗である。

しばらく目を離した隙に、ワンちゃんがいなくなった。近所を探し回ってようやく発見し、再び抱っこした。抱っこすると、ふわふわしていて、とても可愛らしい。そのワンちゃんも安心するのか、そのまま眠ってしまった。もう夕方だから、私は抱っこしたまま路上で寝ることにした。だが、路上で寝ていると警察官に怒られるという話を思い出した。ワンちゃんも「以前、道で寝ていたら警察官に移動するよう言われたことがある」と話していた。目が覚めてから気づいたが、このワンちゃんは人間の言葉を話せるようだった。


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